契約書を読むと、「乙は以下事由に該当したとき、期限の利益を喪失する」という文言をよく見かけます。
法律用語に触れたことがない人はあまり聞き馴染みがないかもしれませんが、契約書作成実務においてはとても大事な意味を持つ文言です。
本記事では期限の利益の喪失について解説します。
そもそも期限の利益って何?
まずそもそも期限の利益とはなんでしょうか。
これは債務者が、期限まで債務を返済しなくていいという利益です。
噛み砕いて説明すると、お金を借りた借主は、返済期日が設定されます。いうなら、借主はこの期日まではお金を返す必要がないです。
この、返済期日までの猶予が、お金を借りた借主にとっては期限の利益に当たります。
期限までお金を返す必要がないのですからね。
民法では以下のように期限の利益を規定しています。
第135条
1. 法律行為に始期を付したときは、その法律行為の履行は、期限が到来するまで、これを請求することができない。
「始期を付したとき」とは、例えば先ほどの例のお金の貸し借りの契約の場合、返済期日が始期に当たります。
つまり債務者は、この始期まで借りたお金を返済する必要がなく、これが期限の利益。
民法第136条では、この期限の利益は債務者のために定めたものと推定されます。
第136条
1. 期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。
期限の利益の喪失とは?
そして、期限の利益の喪失とはこの利益を失うことを意味します。
すなわち、債務者が期限の利益を喪失すると、返済期日は関係なくなり、直ちに債務を返済しなければいけなくなります。
当然ですが期限の利益喪失は債務者にとってかなり酷になります。
本来1年後にお金を返せばいいのに、いきなり今日お金返せと言われるのですからね。
期限の利益が喪失する事由
期限の利益の喪失は、民法で規定されたものと、契約で任意に定める条項があります。
民法では以下のように、期限の利益を喪失する事由が規定されています。
第137条
次に掲げる場合には、債務者は、期限の利益を主張することができない。
1. 債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。
2. 債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき。
3. 債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき。
債務者が破産手続開始の決定を受けたとき、債務者が担保を滅失等させたとき、担保を共しなかったとき、債務者は期限の利益を失います。
この民法137条の趣旨は、債権者の保護です。
仮に、破産した債務者に期限の利益を与えるなどという悠長なことをしていたら、満足に債権回収を図れなくなります。
そのため、民法では債権者保護を図るためこのような規定を設けているのです。
これはあくまで民法で規定されているルールであり、契約書に別の規定を設けて期限の利益を喪失させることができます。
例えば以前私が作成した金銭消費貸借契約書では、次の期限の利益喪失条項を設けました。
第◯条(期限の利益喪失)
借主は、次の各号の事由が一つでも生じた場合には、何らの通知催告等なくして当然に、借主は、貸主に対する一切の債務について期限の利益を失い、直ちに当該債務を弁済しなければならない。
(1) 本件契約に一つにでも違反したとき
(2) 貸主に対する債務の一部でも履行を遅滞したとき
(3) 差押、仮差押、仮処分、強制執行、担保権の実行としての競売、租税滞納処分、その他これらに準じる手続きが開始されたとき
(4) 貸主に対する詐術その他背信的行為があったとき
(5) その他、貸主との信頼関係が破壊される重大な事由が生じたとき
当然ですが、貸主からしたら満足に債権回収を図るために、期限の利益の喪失条項はなるべく細かく規定しておいた方がいいでしょう。
なので私は契約書を作成する際は、お客様に特に何も言われなくても細かく期限の利益喪失事由を定めておきます。
債務者は期限の利益喪失に注意しよう
債務者からすれば期限の利益を喪失は一大事です。
返済は半年後でよかったのに、期限の利益を喪失したがために、直ちに返済を求められるのですから。
なので、契約書を締結する場合、期限の利益喪失条項は必ず確認するべき。
例えば先ほど私が作成した期限の利益喪失条項にて、「貸主に対する債務の一部でも履行を遅滞したとき」という規定がありますが、たった1回の遅滞で期限の利益を失うのは、債務者にとってまあまあ厳しいです。
なので、「貸主に対する債務の履行を○回(または○ヶ月)以上遅滞したとき」というように、1回の遅滞で即座にペナルティではなく、遅滞が何回か発生したらというように、やや緩く規定するよう、債権者と交渉する余地はあるでしょう。
おわりに
ネット上には契約書の雛形は無数にあるし、AIに指示すればそれっぽい契約書をいくらでも作ってくれます。
しかし、契約書作成を取り扱い業務にしている行政書士の私からすれば、条項の意味を理解せずに何となく雛形を使ったり、AIが作った契約書をそのまま使うのは危険です。
私個人としては、雛形やAIはある程度法知識がある人が使うものだと思います。
普段から契約書を扱う仕事をしている場合は、期限の利益喪失条項のみならず、契約書のでよく使われる一般条項の意味はちゃんと理解しておきましょう。